鎮魂歌
書こうか書くまいか、ずっと悩んでいたのだが、少し心の整理が付いた。
従兄弟が自死した。
歳をとってから特別仲が良かったわけではないが、幼い頃は共に育った。夏休みや正月は会えるのをいつも楽しみにしていたし、凧揚げに走り回ったり、徹夜でTVを見たり。根が真面目なので妹の面倒をいつも見てくれたし、それを分かった上でそれを押し付けたりした。本当に優しい男だった。
彼はゲームや漫画が好きで、今思うとかなり影響を受けた。初代女神転生を遊んでいる頃、オレはまだ幼過ぎてミノタウロスを倒した辺りでウロウロしていたのだけど、彼は既にヒノガクツチを持っていた。かっこよかった。お年玉を握りしめて、新年の漫画家が表紙のジャンプやファミマガを買いに出かけ、そのままゲーム屋に直行しディープダンジョンやカリーンの剣を一緒に遊んだのをまだ覚えている。
こち亀や孔雀王やバスタードが彼の本棚に並んでいて、当時のオレには刺激が強烈で性癖が捻じ曲がった要因の1つだろう。しばらく後の話だとは思うが、確かストレインやヒートもあった。良い時代だった。
オレも中学に入ると部活や勉強で忙しくなり、急激に会う機会も減っていった。たまに顔を合わせるのは誰かの葬式の時だけ。大人になるというのはそういうことなのだろう。
彼は高校を卒業後、公務員になった。オレはヤクザなIT屋。
彼が霞が関に行っていた時期に、オレは既に日本より海外にいるの方が長かったが、家が近所らしいというのを知り、食事に行く約束をしたのが最後に交わした言葉だった。
訃報。身内だけの葬式。4歳の姪が泣きもせず花を遺体に捧げるのが涙を誘った。
2通の遺書。兄貴へ。もう1通は会社のみなさんへ。
彼には兄がいた。学生の頃は兄弟仲は最悪だったが、社会に出てからは持ち直したようだ。それが数少ない救いだった。その喪主から金融資産がPCで管理されているらしく、見てくれないかと依頼された。なるほど、それは確かにオレの仕事だ。ただ手持ちに何も無い状態でパスは割れるかどうが分からないと伝えると、ロックはかかっていないらしいとのこと。
骨壺と共に首を吊った自宅へと向かった。さすがに少し緊張する。普通のアパートの1階。外には車とバイク。
まず、部屋に入った瞬間に空気が違う。遺体を見ても骨を拾っても現実感はあまりなく葬式特有の非日常感に騙されていたのだが、つい数日前まで生活していた部屋のリアリティの生々しさと強烈な体臭は筆舌に尽くしがたい。始めはスケベ心を出して、なにか良いのがあったら持って帰ろう~ぐらい考えていたのだが、正直なところ何も触りたくなかった。あ、これ、アカンやつやと本能が訴えてくる。
PCのパワーボタンを押す。起動しない。電源ケーブルを確認するとタップに刺さっているのが見えた。PCを引っ張り出し、背面の電源ユニット周辺をまさぐりメインスイッチを入れた。ファンが回り始めた。パワーボタンを再度押す。ディスプレイに火が灯った。
喪主の頼みとはいえ故人のPCを調べていいのだろうか…という疑問がわく。電源ユニットのメインスイッチが切られていたのは明らかに意図的だ。
FF14の壁紙と2通の遺書ファイル。恐らく草稿だろう。喪主にどうする?とたずねると見てもいいという許可を得た。「兄貴へ」を開く。
感謝の言葉と死後の整理の話。鬱を患って休職しており、コロナ禍で再就職する自信も無く経済的に困窮しているのが理由で死ぬことにしましたの文字。そんなに簡単なものなのだろうか。経済的に困窮??これが困窮している部屋か?
Sonyの大型BRAVIA。L字型のPCデスク。PS4。自作PC。ゲーミングチェア。デュアルディスプレイ。PS4の近くにはソフトが大量に並んでいた。
彼はオレだった。
オレとなにも変わらない。むしろここまで似ていると滑稽ですらある。延々と続く希死念慮に対し、実行するかしないかの差だけ。
気分が悪い。耐えきれなくなり外に出ると妹が姪っ子をあやしていた。
「どうしたの?」「いやちょっと気分が悪くて」
「姪っ子は大丈夫?」「近くのスーパーでトイレを借りただけだから」
「どうやったのかな?とか興味本位で見渡してみたけど分からなかった」「わたし…わかっちゃった。お兄ちゃんがPC触ってる時に気が付いちゃった…だから耐えられなくて」
難儀な妹である。兄はPCを調べられて妹は周囲の探索。実にディテクティブな兄妹だ。
「頼む。言わないでくれ。寝れなくなる」
彼の体臭がまだ鼻孔の奥に残っている気がする。
彼は幸せだったのかな。
合掌。